
「社員が辞めない会社は何が違うのか」
「給料を業界平均並みに上げた。それでも社員が辞めていく」
「いい人材ほど早く出ていく。何が足りていないのだろう」
「うちは『ブラック』ではないはずだ。でも『ホワイト』でもない気がする」
中小企業の経営者・人事責任者が抱える、典型的な悩みです。
ここで、調査が示した逆説があります。
賃上げの原資が乏しい会社ほど、人材定着の決め手は「給料を上げること」ではありません。
給料に不満を持つ社員にとってさえ、職場全体の満足をいちばん強く左右していたのは「職場の雰囲気」でした。その効き目は、給料への納得感のおよそ2倍です(※3)。だから、賃上げがすぐにできない会社でも、打てる手は確かにあります。
この記事は、ハーズバーグの二要因理論の全体像を解説した記事「社員のやる気がない本当の原因」のうち、「衛生要因(労働条件)の整備」をもう一段踏み込んで掘り下げる位置づけです。「具体的にどこまで整えれば、人材は定着するのか」 という問いに、学術研究と実事例で答えます。
結論を先にお伝えします。
賃上げ原資に限りがあっても、人材定着は実現できます。
カギは「給料以外の仕組みづくり」。
── 15項目のうち過半数(8項目以上)を整えた会社が、人材定着の分水嶺を超えます。
その根拠と、具体的な15項目チェックリスト、そして「人が何よりの財産」を給料以外の仕組みづくりで実装した中小企業・六花亭製菓の事例を、これから解説します。
ホワイト企業の条件とは何か
── 衛生要因×動機づけ要因の4象限
中小企業57社を対象に、人事制度のサーベイ調査を行った実証研究があります(※1)。
この研究は、企業を 衛生要因の高低 × 動機づけ要因の高低 で4象限に分類しました。
| 動機づけ要因 低 | 動機づけ要因 高 | |
|---|---|---|
| 衛生要因 高 | 健康優良企業 | ホワイト企業 |
| 衛生要因 低 | ブラック企業 | 人材輩出企業 |
それぞれの特徴は次の通りです。
- ブラック企業(衛生要因 低 × 動機づけ要因 低):労働環境も働きがいも提供できていない企業。離職率が最も高く、入社3年定着率は69.0%
- 健康優良企業(衛生要因 高 × 動機づけ要因 低):労働環境は整っているが、若手のやる気を引き出す仕組みが弱い企業。男性社員の勤続年数は最長
- 人材輩出企業(衛生要因 低 × 動機づけ要因 高):労働環境は厳しいが、責任ある仕事と成長機会が豊富な企業。入社3年定着率は83.6%と最高
- ホワイト企業(衛生要因 高 × 動機づけ要因 高):両方を高いレベルで整えた企業。女性社員の勤続年数が最長、3年定着率78.4%
人材定着の目線で見ると、離職率が最も低いのは「人材輩出企業」と「ホワイト企業」。両者に共通するのは「動機づけ要因が高い」点ですが、二要因理論の全体像を解説した記事でも触れた通り、動機づけ要因を活かす土台として衛生要因が必要です。本記事では、その「衛生要因を整える」が具体的にどういうことかを掘り下げます。

なぜ給料を上げても理念が浸透しないのか|衛生要因と動機づけ要因の順序
経営者・人事責任者がよく抱える期待があります。「経営理念を浸透させて社員に共通目標を持ってもらえば、定着率が上がる」。確かに、達成・承認・成長といった動機づけ要因(やりがい)は、定着の本丸です。
しかし、ハーズバーグ二要因理論が示すのは、動機づけ要因が機能するには、その前提として衛生要因が一定程度満たされている必要があるという順序です。そして給与は、ハーズバーグ理論において典型的な衛生要因のひとつとして位置づけられています。この研究自身も、衛生要因も動機づけ要因も低い「ブラック企業」を 「賃金を含め人材をマネジメントする基本的制度(時間管理、評価制度など)が整っておらず」(※1)と特徴づけており、賃金が衛生要因の構成要素であることを前提としています。
給与をすぐ上げられない会社は何を整えればいいのか
── 給与不満は「職場の雰囲気」で相当まで補える
沖縄のBPO企業(従業員451名、約9割が女性)で、社員が「自分の仕事に見合った給料か」をどう感じているかと、職場全体への満足の関係を社員アンケートで調べた調査があります(※3)。結果は、下の図のとおりです。

給与に不満がある人は、納得感が高まると職場全体の満足もはっきり上がり、給与に満足している人はさらに上げてもほとんど変わりません。ここまでは「給与は衛生要因」という通説どおりです。注目すべきは、給与に不満がある人でさえ、職場全体の満足をいちばん強く左右していたのは「職場の雰囲気」で、その効き目は給与への納得感のおよそ2倍だった 点です(論文も、給与不満の解消は職場満足につながるが、その効き目が飛び抜けて大きいわけではない、と慎重に述べています)。つまり 給与に不満があっても、職場の雰囲気と給与の納得感を整えれば、定着の土台は大きく押し上げられる。給与不満を放置していい話ではなく、「給与を上げる以外に手はない」わけでもない、ということです。
年代別に見ると、給与の効き目は30代で最も大きく、40代から下がり、45〜50代では30代の半分以下にとどまる ことも分かりました。結婚・出産・住宅購入が重なる30代は給与の重みが特に大きいので、原資が限られるなら、給与に直接ひびく打ち手は30代に厚く配り、40〜50代は職場の雰囲気や人間関係で応えるのが、いちばん効く配り方になります。
なお、給与の不満には2種類あります。ひとつは 「そもそも給料が世間相場よりかなり低い」 という不満で、これは4つの中間策に加えて全体の待遇を少しずつ底上げする必要があります。もうひとつは 金額自体は妥当でも「なぜ自分はこの給料なのか」が分からない・不公平に感じる という不満で、こちらは評価基準を見える化し、昇給の道すじを示せば納得感を取り戻せます。この調査が見ていたのは、あくまで社員本人が給料に納得しているかどうかであって、金額そのものではありません。
自社診断|衛生要因15項目セルフチェックリスト
先ほどの実証研究が衛生要因の水準を測定するために用いた15項目です(※1)。各項目が自社に当てはまるかどうか、ひとつずつ確認してみてください。

【労働時間関連】
- ☐ 年間有給休暇取得可能日数が 20日以上
- ☐ 有給休暇取得実績が社員1人あたり 年11日以上
- ☐ 正社員の1日平均実労働時間が 残業含めて9時間未満
- ☐ 時間外労働・長時間労働の削減への取り組みがある
【柔軟な働き方】
- ☐ フレックスタイム制度がある
- ☐ 短時間勤務の利用実績がある(制度だけでなく実際に使われている)
- ☐ 出産・育児退職者向けの再雇用制度がある
【職場の安全・健康】
- ☐ ハラスメントを防ぐための具体的な取り組みがある
- ☐ メンタルヘルスに関する取り組みがある
【育児・介護支援】
- ☐ 育児支援制度の利用実績がある
- ☐ 介護休業制度の利用実績がある
- ☐ 介護短時間勤務制度の利用実績がある
【組織のコミュニケーション・公正性】
- ☐ 社員アンケートを実施している
- ☐ 多様な人材活用の方針・実績を公開している
- ☐ 360度評価制度(上司だけでなく同僚・部下からも評価される仕組み)がある
採点の見方
この研究では、これら15項目のうち 過半数(8項目以上) を整えている企業を「衛生要因が高い」と分類しています。
- 0〜7項目:衛生要因が低い状態。離職の根本原因がここにある可能性が高い。まず衛生要因の引き上げから始める
- 8〜11項目:分水嶺を超えて衛生要因が整いつつある。残り項目を埋めながら、動機づけ要因(ステージ2)にも着手
- 12〜15項目:衛生要因が十分整っている状態。離職を防ぐ土台はある。それでも離職が続く場合は動機づけ要因の不足を疑う
注意:これは絶対的な基準ではありません。業界や規模によって優先順位は変わります。ただし、「具体的に何を整えるか」のたたき台 として極めて有用です。

事例|六花亭製菓の20年
── 「人が何よりの財産」を構造に実装した中小企業
賃上げ原資には限りがあります。「衛生要因を整える」とは、給料を上げる打ち手だけに頼ることではなく、給料以外の打ち手で構造を作り直すこと でもあります。
北海道の菓子メーカー 六花亭製菓 の小田豊社長は、日経新聞「人間発見」連載のなかで、経営哲学をこう語っています(※2)。
「働く人が心身ともに健康でなければ、おいしいお菓子はつくれない」
「ものづくりは人が生命線で最大の財産」
「会社は大家族なようなもの」
この 「人が何よりの財産」 という哲学を、賃上げではなく 4つの仕組みづくり で20年以上にわたって実装し続けたのが同社の事例です。

きっかけは「ベテラン職人の離職事件」
同社はかつて、人気商品の生産に追われ、朝早くから夜遅くまで残業が続く時期がありました。疲れた従業員はストレスをため込み、ついには 腕のいいベテラン職人が心身のバランスを崩して辞めていった のだそうです。
二代目社長 小田豊氏は当時を振り返り、「人が何よりの財産」だと改めて実感したと語っています。働く人自身や家族のためにも、まず有給休暇をしっかりとってもらう── それ以来、同社の経営方針は大きく転換しました。
この経験は、ハーズバーグの二要因理論を地で行く事例です。衛生要因(労働条件)が不足すると、まず辞めていくのは 腕のいいベテラン。なぜなら、彼らこそ転職市場で評価されやすいからです。給料を上げる前に、まず労働条件を整えなければ、最も失いたくない人材から失う── これを身をもって体験した同社の選択が「衛生要因の圧倒的充実」だったわけです。
20年連続、全従業員が有給休暇100%取得
2009年取材時点で20年連続、全従業員(社員+パート約1,300人)が有給休暇を100%取得している── これは極めて稀有な数字です。1989年頃から継続している実績で、人材定着の根幹を支えています。
売り上げ目標を立てない(ノルマ禁止)
衛生要因へのこだわりは、組織全体のプレッシャー設計にも及びます。同社では 売り上げ目標を立てません。社長自身が「売り上げに興味はない」「右肩上がりで伸び続けるものではないから、目標を立てても絵に描いたもち」と語っているほどです。
数字に追われない代わりに、社員が大事にするのは「おいしいお菓子をつくる」という目的そのもの。営業ノルマがないことで、社員は短期的な数字のプレッシャーから解放され、職人としての本来の仕事に集中できます。
日刊社内新聞「六輪」
── 1,300人の声を社長が毎朝読む
人を大切にする姿勢が制度化された代表例が、日刊社内新聞「六輪(ろくりん)」を365日休刊日なしで発行 している点です。1987年6月の創刊から2009年時点で 通算7,700号超。
紙面の中心は 「1日1情報」 と呼ばれる従業員の声欄。毎日約1,300人の社員・パートタイマーから600〜700通のメールが届き、社長自身が朝早くから2〜3時間かけて全てに目を通します。そのうち約120通を実名入りで掲載し、「六花亭談」という社長コラムも毎日執筆する、という運用です。
注目すべきは、社長や会社への批判的な意見も「六輪」に必ず載せる方針だということ。社員の声が経営に届くという実感そのものが、強力な衛生要因(人間関係・帰属感)になっている わけです。
「人事部がない」
── 人事は社長の専管事項
さらに特徴的なのが、六花亭製菓には人事部が存在しない という点です。1,300人規模でありながら、組織の新設・統廃合・主要な人事はすべて社長が決定します。
その理由を小田社長はこう説明しています。「人事は劇薬である。だから人事の責任を取れるのは社長だけ」。新卒採用の会社説明会・面接にも社長が直接出る。本社には社長室がなく、30人ほどの社員が働く大部屋の隅っこに社長の席があります。
六花亭は15項目チェックで何項目クリアか
公開情報から推測されるところでは、六花亭製菓は15項目のうち少なくとも 「労働時間関連」4項目すべて、「組織のコミュニケーション」項目、「職場の安全・健康」項目 をクリアしています。8項目を大きく上回り、明確に「衛生要因高」のゾーンに位置すると判定できます。
重要なのは、これらは賃上げ原資を投下した施策ではなく、給料以外の打ち手による仕組みづくりだ ということです。同社が変えたのは、ベテランを潰す働き方の構造そのものでした。
ここで 「給料を上げない」は「給料を軽視する」と同義ではない 点を補足しておきます。公開情報の範囲では、六花亭製菓が低賃金で運営してきたという記述は確認できません。同社が拒否したのは賃金そのものではなく、「給料を上げれば離職は止まる」という短絡策の方 でした。給与水準そのものを「絶対に上げない」と公言しているのではなく、定着の打ち手として給与上昇だけを選ばなかった ── という選択の話です。
なぜ衛生要因に投資する経営者は少ないのか|短期業績のパラドックス
ここで、この研究が示したもう一つの重要な発見を紹介します。
過去5年で業績が「増えた」と答えた割合は、実は ブラック企業が最も高く75.0%、ホワイト企業は最も低く66.7%でした。一見、「人にお金をかけない会社のほうが儲かっているじゃないか」と読めます。
ところが 5年後の業績展望は逆転 します。
| タイプ | 5年後「良くなる」割合 |
|---|---|
| 人材輩出企業 | 73.3% |
| 健康優良企業 | 55.6% |
| ホワイト企業 | 53.3% |
| ブラック企業 | 43.8%(最低) |
ブラック企業は「悪くなる」と答える割合が18.8%と最も高く、明るい展望を持てない状態にあります。
これは、ハーズバーグ理論をそのまま実証した結果です。短期的に従業員投資を削れば利益は出る。しかし続かない。

そして同じ論文には、人材定着を考える経営者にとって決定的な一文があります(※1)。
「ホワイト企業はいわゆる『稼いでいるから従業員に投資している』企業ではない」
つまり、ホワイト企業(と人材定着の高い会社)は、業績が安定してから整えたわけではなく、業績にかかわらず「投資する」と決めた会社 なのです。六花亭が20年連続有給100%を続けてきたのも、まさにこの哲学の体現でした。
「うちは儲かっていないから衛生要因に手が回らない」という発想は、因果が逆だということになります。
給与をすぐ上げられないなら何ができるか|4つの中間策
賃上げの原資をいますぐ用意するのは、多くの中小企業にとって現実的ではありません。ここで効いてくるのが、先ほどの調査です。社員が見ているのは 「仕事に見合った給料か」という納得感 なので、月給そのものを上げなくても動かせます。次の4つは、いずれも月給の額を変えずに 給与への納得感・将来の見通し・手取りの実質的な増加 を底上げする打ち手です。
大事なのは、これを より効果の大きい「職場の雰囲気」づくりと、セットで 進めることです。それが、原資の限られる会社にとっての現実的な答えになります。どれも「業績が出てから考える話」ではなく、いま決める話です。
① 評価基準の明文化と昇給ロードマップの提示
社員の給与への不満は、金額の高い低いだけでなく「なぜ自分はこの給料なのか」「いつ・何を満たせば上がるのか」が見えないことからも生まれます。ここに効くのが、先ほどの調査が見ていた「仕事に見合った給料か」という納得感です。等級ごとの必要スキル・給与テーブル・3〜5年でどう上がるかのイメージを1枚にまとめ、全社員に見せる。費用も手間もほぼかからないのに、「ここにいれば先が見える」という安心感は、賃上げに匹敵する効果を持ちます。15項目チェックの「社員アンケート」「360度評価」とあわせれば、納得感と公平感を同時に高められます。
② 決算賞与の制度化(業績連動の利益分配)
固定費としての賃金を増やせなくても、黒字決算時に粗利の数%を決算賞与として還元する 制度は組めます。固定費を増やさずに「会社が稼げば社員も稼ぐ」を可視化でき、業績にかかわらず人に投資するという姿勢を年次でコミットできます。
ここで効くのが、給与は「不満をなくす」だけでなく「やる気を引き出す」側にもなりうる という視点です。古くからの実証研究やハーズバーグ自身が指摘するとおり、給与は衛生要因にも動機づけ要因にもなりえます(※4)。決算賞与のように「成果を出したから分けられる」かたちで渡せば、それは 「やり遂げた」「認められた」という手応えの印 になり、やる気を引き出す側にも働きます(社員のやる気がない本当の原因 で詳説)。ルール(粗利の何%・全員で分けるか役職で重みをつけるか)を先に文書にしておくことが鍵です。給与の効き目が大きい30代が多い職場では、決算賞与や住宅・家族手当をこの層に厚めに配ると、限られた原資がいちばん効きます。
③ 福利厚生のピンポイント拡充
通勤手当の全額支給、住宅補助、慶弔金、健康診断オプション、確定拠出年金のマッチング拠出、社内預金・財形貯蓄の利息上乗せ── これらは月あたり数千〜2万円ほど 手取りを実質的に増やす 打ち手で、「仕事に見合った給料か」という納得感を、月給を上げるより固定費の負担を抑えながら直接高められます。社員のニーズが高い1〜2項目にしぼって手厚くするのがコツです。
④ 給与以外の経済的支援
資格取得補助、書籍購入補助、外部研修参加費の全額負担、副業解禁(適切なルールのもとで)── これらは「会社が自分のキャリアに投資してくれている」という明確なメッセージになり、目先の給与への不満を 長い目で見た期待 でやわらげます。この研究が確認したのは、女性活用やワーク・ライフ・バランスへの投資は いまや近い将来の業績を約束するものではないのに、業績の良し悪しと関係なく徹底して取り組む会社が一定数ある という事実でした。これらは業績が出てから始める話ではないのです。
診断結果別に、次に何をすべきか

15項目セルフチェックの結果ごとに、優先順位は変わります。
- 0〜7項目(衛生要因が低い):最優先で衛生要因の整備から。「有給休暇取得実績11日以上」(経営者・管理職が率先して取得、取得計画を1月に立てる)、「メンタルヘルス・ハラスメント防止」(無料の外部相談窓口を契約:産業医や専門カウンセラー)、「社員アンケート」(半年1回・5問程度)── これだけでも費用も手間もほぼかけずに3項目前進できる
- 8〜11項目(分水嶺を超えた):残り項目を埋めつつ、動機づけ要因の制度化(ステージ2) に着手するタイミング。「社員のやる気がない本当の原因」で紹介した阿智精機の事例(技能育成シート、月1回技術会議、適材適所配置)が参考になる。階層を問わず「達成・承認・責任」を体験させる場として 戦略MG(マネジメントゲーム)研修(仕組みは 戦略MG研修とは で解説)も検討に値する
- 12項目以上(衛生要因が十分):「給料は十分なのに辞めていく」が悩みなら、動機づけ要因(達成・承認・責任・仕事自体)の不足が原因。ジョブエンリッチメント(責任権限の委譲)を本格的に検討すべき
まとめ|社員が辞めない会社の作り方
- 賃上げ原資に限りがあっても、給料以外の仕組みづくりで人材定着は実現できる
- 15項目のうち 過半数(8項目以上) が衛生要因高の分水嶺
- ホワイト企業は 「稼いでいるから投資できる」のではなく「投資すると決めた」会社
- 六花亭製菓は「人が何よりの財産」という哲学を、給料以外の4つの仕組みづくり(有給100%・ノルマ禁止・社長との直通・日刊社内新聞)で 20年以上にわたり実装 し続けている
- 短期業績はブラック企業のほうが高いが、5年後展望は逆転する
- 自社の15項目クリア数に応じて、次の一手(衛生要因引き上げ/動機づけ要因の制度化)を決める
ハーズバーグ二要因理論の二段構え(衛生要因→動機づけ要因)の全体像は、社員のやる気がない本当の原因 で詳しく解説しています。本記事と合わせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
中小企業の経営者・人事担当者から寄せられる質問に、衛生要因の観点からお答えします。
Q1. 衛生要因とは何ですか?具体例も教えてください
A. 衛生要因とは、不足すると不満を生むが、充実させても満足には直結しない要素のことです(ハーズバーグの二要因理論)。具体例は給料・賞与、労働時間や休日などの労働条件、福利厚生、会社の方針や制度、上司や同僚との人間関係、雇用の安定です。本記事では中小企業57社の実証研究にもとづく15項目で自己診断できます。
Q2. 給料を上げずに社員の離職を止めることはできますか?
A. できます。賃上げ原資が乏しい会社ほど、人材定着の決め手は給料を上げることではありません。調査では、給与に不満がある人でさえ職場全体の満足を最も強く左右していたのは「職場の雰囲気」で、その効き目は給与への納得感のおよそ2倍でした。評価基準の明文化、決算賞与の制度化、福利厚生のピンポイント拡充、給与以外の経済的支援という、月給を変えない4つの中間策が打てます。
Q3. 衛生要因は何項目整えれば人材定着の分水嶺を超えますか?
A. この実証研究では、15項目のうち過半数(8項目以上)を整えている企業を「衛生要因が高い」と分類しています。0〜7項目は離職の根本原因がここにある可能性が高く、まず衛生要因の引き上げから着手します。8項目以上で分水嶺を超え、動機づけ要因の制度化にも着手するタイミングになります。
Q4. 衛生要因と動機づけ要因は、どちらを先に整えるべきですか?
A. 衛生要因が先です。動機づけ要因(達成・承認・責任・仕事自体)が機能するには、その前提として衛生要因が一定程度満たされている必要があります。衛生要因が崩れたまま理念ややりがいを語っても浸透しません。分水嶺を超えたら、階層を問わず達成・承認・責任を体験させる場として 戦略MG(マネジメントゲーム)研修 のように、動機づけ要因の制度化へ進みます。
Q5. 六花亭製菓は給料を上げずに、どうやって離職を止めたのですか?
A. 六花亭製菓は「人が何よりの財産」という哲学を、賃上げではなく給料以外の4つの仕組みづくりで実装しました。20年以上連続で全従業員が有給休暇を100%取得、売上目標(ノルマ)を立てない、日刊社内新聞「六輪」で社員の声を社長が毎朝読む、人事を社長の専管事項にする、という構造です。給与を軽視したのではなく、定着の打ち手として給与上昇だけを選ばなかったという選択です。
参考文献・出典
学術論文
- ※1 林 有珍(2018)「ホワイト企業の条件 ─ 57社からのデータの利用 ─」『現代ビジネス研究』第11号, pp.37-47, 山梨学院大学現代ビジネス研究会
- ※3 山田 和輝・澤田 健作・山口 和弘・上ノ町 宣朗・上原 一仁・真榮城 葉子・野中 朋美(2024)「年齢層に着目した二要因理論に基づく給与満足と従業員満足の共分散構造分析:バックオフィス支援業務を対象に」『生産システム部門講演会講演論文集』2024巻, 206, 一般社団法人日本機械学会
- ※4 村杉 健・大橋 岩雄・五百蔵 隆治(1974)「層別比較を中心とした動機づけ-衛生理論の吟味:ハーズバーグのM-H理論の実証的研究(第1報)」『日本経営工学会誌』Vol.25 No.3, pp.227-232, 日本経営工学会
新聞記事(六花亭製菓事例の出典)
連載「人間発見」全5回(聞き手:編集委員 栩木誠)
- ※2 小田 豊「菓子は地域のバロメーター(1)〜(5)六花亭製菓社長小田豊氏(人間発見)」『日本経済新聞 夕刊』2009年6月22日〜26日連載
- (1)2009/06/22 ── 20年連続有給100%・売り上げ目標を立てない・ベテラン職人離職事件
- (2)2009/06/23 ── 大きな家族の幼少期・茶の道との出合い
- (3)2009/06/24 ── 1日1情報・日刊社内新聞「六輪」・人事部なし
- (4)2009/06/25 ── メセナ活動・中札内美術村
- (5)2009/06/26 ── お菓子づくりへの情熱・六花の森
連載「リージョナルチェーン経営」(編集委員 栩木誠)
- 「六花亭製菓社長小田豊氏(上)文化のバロメーター、北の大地に菓子の大輪。」『日経流通新聞』1999年3月2日 32ページ/「六花亭製菓社長小田豊氏(下)二代目の創業者魂──茶の心を経営に生かす。」『日経流通新聞』1999年3月4日 20ページ